秋の終わり、ニューヨークのラビオリ。

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 秋が深まってくる10月から11月の季節が一番好きだ。

「10月は黄昏の国」というブラッドベリーの小説にそんなタイトルがあったように、この季節はこの薄暮の時間がなんだかとても長くてロマンティックな時間に感じられるからだ。

「マジックアワー」。ビーチではサンセットの後、星がまたたき始めるまでの紫色の時間をそんな風に呼んだりする。

夕暮れ時、恋人に会いに小走りになる女性はとても美しいし、お気に入りのレストランでは看板に灯を入れ、オーブンに火を入れる。家にはそれぞれの一日を終えた家族が思い思いに帰ってきては食卓を囲む。

夜は長く、そしてとりとめもない、無性に長い話をしたくなる。

さて、もう20年ほど前、ニューヨークのマンハッタンのグリニッジ通りにアパートを借りていた時期がある。

日本とニューヨークを行ったり来たりの生活は約2年間続いたが、ニューヨークの秋が大好きだった。この時期は天気が安定し、朝晩はひんやりとした空気に包まれ、日中は暑いくらいの青空のインディアンサマーが続く。

10月の終わりのハロウィンのパレード、サンクスギビングに向けだんだんとお店がセールで盛り上がっていく。それが終わると、街は一気にクリスマスデコレーションに染まっていく。セントラルパークの木々は黄色や朱色に染まり、まるで街が大きなアートキャンバスのようで、にぎやかな街の活気は12月の半ばにロックフェラーセンターに大きなクリスマスツリーが点灯される頃にピークを迎える。

さて、その頃のニューヨークでの話。

CM撮影の仕事で知り合ったサニーというアメリカ人の若くて気さくな撮影ディレクターがいた。シカゴ出身の白人の青年だった。ある晴れた撮影が休みのオフの日曜日、私とカメラマンは彼からランチに誘われて昼前に彼を事務所に訪ねた。どこかレストランに行くものと思っていたのだが、彼がまず目指したのは、近くの公園でひらかれているファーマーズマーケットだった。この青空市場は近郊の農家がいわばワゴンやトラックに収穫したての食材やピクルスや自家製チーズ、アップルサイダーなどの惣菜や食材を満載してやってきて夕方まで店を広げる。サニーは八百屋のテントを覗き、まず摘みたてのスィートバジルを一束と、トマトを2種類買った。今思うと、それはソースにするためのサンマルツァーノ種とサラダにするためのファースト種だった。彼は陽気におしゃべりをしながら早足で日曜日の車が少ない大通りを横切り、看板も出ていない小さな店に入った。小さなショーケースひとつあるその店はイタリア食材のデリで、サニーは紙の箱に入った1ダースほどの手作りのラビオリとステンレスのバットに浮かんだ丸いボールのようなモッツァレラチーズをひとつ指さしビニール袋に入れてもらった。

事務所に戻り、小さなキッチンでサニーは料理をしてくれた。フライパンにたっぷりのヴァージンオリーブオイルを熱し、つぶしたニンニクにスィートバジルの茎の部分を手でちぎりいれ、そこに細かく刻んだサンマルツァーノ種の細長いフレッシュトマトを加え、シンプルに塩とブラックペッパーで炒め、ポモドーロソースを作った。そして茹で上げた、中にチーズが詰められた餃子のようなパスタの一種、ラビオリを皿に盛り、ソースをかけて最後にエクストラ・ヴァージンオイルをたっぷりかけまわした。もう一品、モッツァレラと甘いファーストトマトはスライスし交互に並べ、バジルの葉をあしらい、エキストラヴァージンオリーブオイルを塩、ブラックペッパーでカプレーゼというサラダになった。

イタリア移民が多いこのニューヨークにはどこにでもビリー・ジョエルの名曲「イタリアンレストラン」に出てくるような、窓際の席に若い恋人たちが陣取るような、きどらないコージーな小さなレストランがあり、おいしいキャンティが飲める。

サニーのラビオリ。それはシンプルだが私がはじめて出会った、本当に心からおいしいと思えるイタリア料理だった。そしてこのランチこそが私へのイタリア料理からの招待状であり。ニューヨークのイタリアンレストランを食べ歩きして料理を自分でつくるようになるきっかけになるのである。

 

さて、今回、ご縁があって、ギリシャ生まれの超高級オリーブオイル「モリア・エレア」と出会った。いままでのエキストラヴァージンオリーブオイルの常識をくつがえす、まさにオイルという概念を超えた「神話の雫」である。そのオリーブオイルのある毎日の生活を気ままなブログにしてみないか?という素敵なお話を輸入販売元の本川社長からいただいた。

このオリーブオイルというか、「オリーブの贅沢なジュース」のことはゆくゆく書いていくことになるが、このブログの最終回は、このギリシャ産オリーブオイルの収穫されるペロポネソス半島エーゲ海を見下ろす畑の古い大きなオリーブの樹の下で夢うつつで昼寝をする、という記事で終わることだけは決めている。