代官山でティオペペを

ひと昔前、代官山に事務所を構えていた。バブリーな時代で、苦い失敗や思い出もたくさんあったが、今思うと、古き良き時代だった。まだツタヤもなく、タワーマンションではなく同潤会のアパートがあり、東横線の駅ものどかに地上にあった。事務所は代官山プラザアネックスという外人向けの賃貸アパートメントの一部屋だった。建物は古かったが6階からの眺めがよかった。作詞家の松本隆さんの仕事場があったり、有名なイタリアンレストランのオーナーのサルバトーレさんがいた。サルバトーレさんはいつもなぜかフレッシュバジルの束を抱え、当時は珍しかった真っ赤なマセラッティのコンバーチブルに乗っていつも颯爽と出かけた。その後にはバジルの甘い香りが残った。

毎晩仕事を終えると、猿楽町グリル&バーに立ち寄ってニューヨーカー気分でドライマティーニを一杯やった。ロックグラスにボンベイサファイアで。ベルモットはほんの少しのエクストラドライで、と仰々しく注文をつけた。食事はパッションが好きだった。オーソドックスではあるがしっかりとしたフレンチが楽しめて四季折々のディナーが楽しみだった。ここで出会ったモンラッシュという白ワインの衝撃的なおいしさは今も鮮明に舌に残っている。

もう一軒よく行ったのがタブローズという店だった、当時日本のレストランビジネスの最先端を突っ走っていたグローバルダイニングの旗艦店で、ロスアンゼルスからの出店というスタイルでカリフォルニアのセレブたちが喜ぶような、今でいうインスタ映えをすうるような豪華なゴシック調の店の内装とフレンチイタリアンの料理、ホスピタリティーとユーモアあふれるサービスが人気の店だった。大好きだったのは、入り口にウエイティングバーがあるところだった。

美女をディナーに誘った夜。

おしゃれに時間をかける美女はわざと遅れてくるものだ。少し早く店に着き、ドアをあけると小さなバーカウンターの向こうで馴染みのバーテンダーがにやりと笑って会釈をする。早々に泡系のカバを開ける時もあるが、この店ではティオペペというシェリー酒を飲む。スペインのドライな食前酒で、白ワインにブランデーを混ぜたような味が好きだった。カウンターチェアに浅く座って、バーテンダーに猥雑な冗談のひとつも投げかけながらこのティオペペをちびりとやっていると、やがて彼女は意味深な微笑みにルージュを引いて姿を現すのである。

 

代官山。

今はもう年に何度かしか通り過ぎることもなくなってしまった街。

街の様相はすっかりと変わってしまい、タブローズも代官山プラザも幻のように消えてしまったが、あの頃のめちゃくちゃばかかりしていた不良の大人だった自分は、少なくとも今の自分よりもいい旅をして、いい詞を書き、いい恋をしていたかもしれない。

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